スペース

10代の頃だったか、母に

「1個手に入れたら、
    1個捨てなさい」

と何度も何度も言われて
育ちました。


母は、
そんなこと言ったっけ?
誰かの受け売りをそのまま言ったんだろうなぁ〜



と言っていたけれど、

それが何年も出来なかったけれど、

リゾートバイトに出る前と出たあと、

実家に帰る度、
寮を掃除する度、

その言葉を思い出しては、

手にとって、
まだ好き?必要?
幸せな気持ちになる?
合って良かったと思える?
ありがとうって感じる?

と自問自答しながら、

メルカリを活用したり、
ゴミ袋に詰めていったりしています。


メルカリは数時間以内に売れないと、ずっと売れないから、

寄付に回したりもします。



私は

「ものをもっと大事にしなさい」

と、大人になってからも

母によく怒られていました。





大事にする仕方がわからない、と伝えたことがあります。






家族も、友だちも、彼氏も、職場の人も、それにあたらない人たちも、


どう大事にしたらいいか

どういう状態が大事にしていることにあたるのか



最近になって、
家族は、各々が違う場所で
違う経験をしながら、生きていくことが、

うちの家族の正解であるね、と
この前実家に帰った時話したので、

それが、家族【の距離感】を大事にしている状態なんだな

とわかったのですが。





友だちはわからない。


そもそも、友だちがあまりいない。


でも、たまに電話したり、励ましあったり出来る人はいるので、

その人が頑張ってるし、


自分も頑張ろうって思える。


それが、いい友だちで、
友だちを大事にしていることなのかもしれない。



彼氏は今いないけど、
本物の恋愛感情を今世で経験してみたい。

そのためにも、
私は変わらなくちゃ!



あとは、職場の人を大事にする、は

まだ私にはうまく出来ない。


いろんな人がいるから、

嫌いだったり、
苦手だったり、
しょうがない。

それが何年もうまくとらえられなかった。


仕事はとにかくたくさん
向いているらしいものを探すために
たくさんたくさん経験してきたおかげか

今は、10年前には考えられなかった仕事を

あいつ使えないから、クビにしよう、ともいわれず、

ずっといてもいいんだよ、
なんて言ってもらえるようになった。


嬉しいのだけれど、

私は仲良くなりすぎると、
辛くなって、自分で去っていく。


職場の人は新しい人がくるから、
困らない。


寂しい顔をしてくれるのは
いっとき。

涙を流して、また会おうねと言ってくれた顔を忘れない。



私が前の職場を去る時、
一番嬉しかったのは、

部署違いで、
いつも、荒っぽく接してくれていた私よりうんとうんとおねえさんが




私が去る前の20分くらいのあいだに
手紙を書いてくれたこと。


手紙には、

「あっという間の一年だったね。
   よくがんばった!
   いろいろあったと思うけど、
   あとで振り返るとこの一年なんて      
   なかったのも一緒だと思う位 
   これからの人生をガンバレ」

とかいてあった。

こういう手紙、
言葉、こういう人は大事にしたい。




私はこれをもらって、
手紙ってやっぱりいいなって思ったんだっけ。


会えることが一番だけど、
手紙ってやっぱり、すごい力がある。


話が随分あっちこっちしたけど、

じゃあ、この手紙は大事にとっておくとして、

他の手紙はさよならしよう。


見ず知らずの人と文通ができる
文通村に入村しているのだけれど、
私はやめます。


私は、手紙のあたたかさを知っているけれど、

私のニーズと違うと思い知ったから。

やってみてよかった。


というわけで、

必要なもの、
愛せるものだけに囲まれた部屋で過ごすために、

手放しています。


重荷の人間関係も、捨てています。

あいたスペースにも詰め込み過ぎず、

のんびりゆったり、
出入りしやすいように。


頭の中がもやもやしないように。


必要以上に掴もうとするから、
辛く、苦しいことがわかったから。

私の人生の責任をおえるのは
私だけなんだとわかってきたから。


そんなわけで、

もう少し、掃除します。


自分を、他人を、
許せるように。